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私の彼は霊能者




高校生の女の子・白石 美夏(しらいし みなつ)の
彼氏・千野 力斗(せんの りきと)は霊能力者?

不思議な体験で、二人の絆はますます強くなる。






第一章『覚醒』/1・「人生で一番泣いた日」


それは、朝、いつものように私が高校の校門の前で、彼を待っていた時だった。

「美夏――――っ!!」

親友のよう子が何やらあわてた様子で走ってくる。

「どうしたのよ?よう子。」

「ハァ、ハァ…いい?落着いて聞くのよ?」

息を切らしてそう言うよう子。

「落着くのはよう子の方でしょ?いったい何があったの?」

「千野くんが…」

「えっ?力斗が、どうしたの?」

「千野くんが、交通事故にあったんだって!!」

「……!!」

いつもより学校に来るのが遅いと思ったら、私の彼・千野力斗は交通事故にあっていた。
わたしはすぐに病院に向った。病院には、力斗の両親がいた。

「美夏ちゃん…力斗が…力斗が…」

力斗のお母さんが泣いている。

「力斗は重体でね…まだ意識がもどらないんだ。」

お父さんが青い顔をしてそう言った。

「そんな…」

力斗はそれから3日たっても、意識を取り戻さなかった。
私は毎日泣いていたので目が腫れてひどい顔になっていた。

「もう…どうしてくれるのよ?力斗…!」

一人、部屋で鏡を見つめて、ついつぶやいてしまった。
本当にもう力斗は目覚めないのかな…?
また涙があふれてきた。

いいかげん枯れはててもいいくらい、たくさん泣いたのに、いくらでもあふれてくる。
こんなに泣いたのは生まれて初めて。目から血が出るんじゃないかってくらい。
早く目覚めてよ…力斗…。このまま目が覚めないなんて無しだよ?
そんなの嫌だよ…まだ一緒にいたいよ。まだまだたくさん、いーっぱい楽しいことしたいんだから…!
映画を観に行ったり、遊園地に行ったり、水族館に行ったり、旅行に行ったり…それに…まだ…結婚もしてない…!

「力斗…」

その時、フッと体が暖かくなったような気がした。私を優しく抱きしめるような…。

『美夏…!』

誰かが私の名前を呼んだ…?

「力斗…?」

まさかね…。すると家の電話が鳴ってビクッとした。
力斗のお父さんからだった。胸の鼓動が早くなった。さっきの声…。まさか…力斗が死んで…

病院に行くと、また力斗の両親がいて…やはり泣いていた。

でも…今度は……笑っていた。

「美夏ちゃん…!力斗が…力斗が…意識を取り戻したのよ…!!」

力斗が…目を覚ました…!!助かったんだ…!!
私は力斗のいる病室に向った。

「力斗…」

ベッドに寝ている彼はゆっくりこちらを振り返った。

「おう…、美夏…」

少し弱弱しいけれど、優しい笑顔で私を見つめる彼…。

今度は嬉しくて、私はまた泣いてしまった。

「力斗…!良かった…!!」

手を握ると握り返してくれた。

「心配かけて…ごめんな…」

「本当だよ…すっごく心配したんだから…!」

大切なものを失うかもしれない辛さを初めて知った…。
彼のことが本当に好きだっていう気持ちも嫌というほど思い知った。

そんなことがあったことがウソのように、数ヵ月後、力斗は元どおり元気になって学校に戻ってきた。

「よおっ!力斗!!もう大丈夫なのか?」

クラスの男子が声をかける。

「生死をさまよったって本当?!」

女子も声をかける。

「ハハハ!もうすっかり治ったよ!!」

明るく答える力斗。

「でも勉強の方がやばくね?」

おちゃらけキャラの男、横矢が笑って言う。

「いや、入院中もしっかり勉強はしてたから。美夏や先生が来てくれてさ。」

「あーあ、恋人の力は強し!これじゃー、ちょっとやそっとじゃ力斗は死ねないね!!」

よう子がひやかす。

「あたりまえだ!オレはそう簡単に死なねーよ!!」

そして、力斗は私の側に来てソッとささやいた。

「オレはもう美夏を悲しませたりしない。絶対に…」

「力斗…」

嬉しい…。私の顔が熱くなった。

学校の帰り道、一緒に歩きながら、
力斗はあの意識がなかった3日間のことを話し始めた。

「オレ、本当に生死をさまよっていたんだ…。」

「え?」

「ベッドに寝ている自分の姿を上から見下ろしていた…。」

「それってもしかして…」

「幽体離脱…」

私はびっくりした。幽霊とかって結構信じてた方だけど、
まさか身近の人が…彼が、そんな体験をするなんて…思いもしなかった…。

「本当に…?夢とかじゃなくって?」

「ああ、母さんや父さん、お医者さん達の話も聞いてた。
それで自分が生死をさまよってる状態だって知ったんだ。」

「…じゃあ、もしかして三途の川とかも見えたの?!」

「いや…何か、光があったけど…」

「光?」

「すごくいい所のような気がして…そこにすごく行きたい気分だった…」

「それって…」

「ああ、天国だったのかもな。でも、そこから声が聞こえたんだ。“こっちに来てはいけない”って…」

「誰の声?」

「あれは…3年前に死んだじいちゃんだったような…」

「おじいさん?」

死んだおじいさんが力斗を助けてくれたのかな?

「それから…美夏…。おまえの姿も見たよ。」

「えっ?!」

「オレのこと、心配して泣いてたろ?」

「う…うん…。」

「だからオレ…たまらなくなって、おまえを抱きしめた。」

「!!」

あの時…暖かい感じがして、優しく抱きしめられたような気がしたのは…
力斗の声が聞こえたと思ったのは…本当に力斗が私の側にいたから…?

「それで…オレは絶対に生きなきゃって思ったんだ…。元にもどらなきゃって…。そしたら、目が覚めた。」

「すごい…」

本当にあるんだ。こんなこと…。

「きっとご先祖様が守ってくれたんだから、御礼にお墓参りに行ってきなさい
って親に言われたよ。今度の日曜日行ってくる。」

「うん。」

「その前に、美夏にも御礼言わなきゃな。ありがとう。」

「私の方こそ、生きててくれて、ありがとう。」








第一章『覚醒』 /2・「不思議の始まり」



数日後、今日は力斗がお墓参りに行く日。
私も感謝しなくっちゃ。力斗を守ってくれたご先祖様に。
そう想って私も力斗と一緒にお墓参りに付き合った。

その霊園は駅から送迎バスが出ている。まだ新しいきれいなお墓ばかり。
でも奥の方に、古いお墓ばかり集まった区域もある。

力斗のおじいさん達のお墓は、きれいなお墓が並んだ所にあった。
最近新しく建てて、移したらしい。

力斗はそのお墓に向う途中、ふと足を止めて怪訝な顔をした。

「…あのじいさん、何やってんだ?」

「え?」

「墓石の上に座っちゃって…バチ当たるぞ…」

力斗の視線の先を見ても、そんな人は見当たらなかった。

「何言ってるの?力斗。そんな人いないじゃない。」

「は?いるじゃないか!あそこに!!」

力斗が指を刺すが、やはりそんな人はいない。 

「もう!冗談やめてよ!!こんな所で…」

「あれっ…消えた…」

呆然とする力斗をよそに私はさっさと力斗のおじいさんのお墓に向った。

「ほらっ!早く、お墓のお掃除するわよ!!」

力斗は腑に落ちない様子だが、ぬらしたふきんで墓石をふいた。
私はお花を活けて、お線香を一束出し、火をつけて置いた。
二人で目を閉じ、手を合わせて祈った。

「(力斗を助けてくれてありがとうございます。これからもどうか力斗を守ってくださいね。)」

帰ろうとした時、力斗が火のついたお線香を3本取った。
そして両隣りと向かいのお墓に置いて手を合わせた。

「どうしたの?他のお墓にもお線香を置いて…知ってる人のお墓?」

「いや、全然。でも…何だかこうした方がいいような気がして…。
うちの先祖が挨拶をしておけって言ってるような…」

「…ふーん…」

確かにそういうことをした方がいいと以前何かのテレビで誰かが言っていた記憶がある。
力斗って意外とこういう所はしっかりしてるんだなあとビックリした。

そしてその後、もっとビックリすることが起こった。
帰りのバスに乗ろうと近づいたら、窓いっぱいに人の手跡がびっしりと付いていたのだ。

「キャッ!何これ!?」

「イタズラにしては…おかしいな…」

力斗は真剣にその異様な光景を見つめていた。
そして、急に霊園にもどったのだ。

「力斗?どこ行くの!?」

力斗が向ったのは霊園の奥にある、古いお墓だらけの区域だった。
10個くらいしかないが、角の削れた昔の墓石。
そこでも力斗はお線香を置いて手を合わせた。

「力斗…どうして…?」

「ここ…もう何十年も身内が来てないんだってよ…。それで…うらやましかったんだろ…」

「え?あの手の跡ってまさか…その…?」

バスに向うと、さっきまでたくさんあった手の跡が、一つ残らず消えていた。
力斗が言ったことは本当みたい…。

「力斗…、何でわかったの?」

「さあ?何だかそんな気がして…自然と体が動いちまった…」

その時、力斗が後ろを振り返った。

「どうしたの?」

「…なんでもない。」

力斗はそう言って、フッと少し笑った。

後で聞いたのだが、この時力斗は、すぐ耳元で声がしたような気がしたそうだ。
振り返っても誰もいなかったが、その声は聞き覚えがあったって。
確かにおじいさんの声だったって…。
おじいさんは力斗に、『がんばれよ』と言ったそうだ。





第二章『浄霊』 /1・「力斗の能力」



力斗は生死を彷徨ったあの日から、確実に変わっていた。

ある夏の日、クラスメートの男女数人で川に遊びに行った。もちろん力斗も一緒。
よう子のお兄さんがワゴン車でみんなを乗せて来てくれた。

お昼には焚き火をしてカレーライスを作った。私達でもおいしく作れる無難なメニュー。
私は力斗に手料理を食べてもらえるから、丁寧に野菜を切っていた。

その時、他の男子が「じゃがいもの芽は取れよ!」とひやかすように言ってきた。
私は苦笑して言い返した。

「それくらい知ってるわよ!バカにしないで!!」

じゃがいもの芽は毒だってことは小学生のころから知っている。
家庭科の先生や、お母さんに聞いた。

テレビでも観たけど、青く変色した所も食べない方がいいみたい。

「えっ?そうなの!?」

…よう子は知らなかったらしい。

「ふざけんなよ、おまえ!俺たちを殺す気か!?」

「死んだら化けて出るぞ!!」

カレーライスは無事においしく安全にできた。

力斗が「おいしい」って言ってくれて私はとても嬉しかった。
もっといろんな料理をおいしく作れるようになりたいな。お母さんに真剣にお料理を習おうかなあ。

川では泳ぐことはなかったが、みんな膝まで浸かって遊んでいた。
悪乗りしてびしょびしょになる男子もいたけど。
記念にたくさん写真を撮った。
デジカメなのでその場でみんなで観れるのがいい。
みんな笑顔で楽しげな顔ばかり。

でも、一人の男子が真顔でジッと、みんなそろって撮った写真を観ていた。

「どうしたの?」

「何だ?これ…」

指をさした画像を覗くと、人の後ろにもう一人重なって誰かがいるように見えた。

「この時、俺達の後ろに誰もいなかったよな?」

確かそう。誰も後ろにはいなかったはず。

「まさか…心霊写真ってやつ?」

みんな脅えだす。

他の写真も全部よく観てみた。あと3枚、変な物が写っている。
やはり人の後ろに重なるように何かがいる。
顔はよく見えないけど、私達と同じくらい若い…男の子みたい。
私は頼るように力斗を見つめた。

「…楽しそうだから仲間に入りたくて来たんだよ。昔、この川で溺れて亡くなった男の子がね。」

「え?マジ!?」

みんな力斗の言うことを信じて川に向って手を合わせることにした。
そして帰ろうとした時、男子の一人、お調子者の横矢が急に石を拾って川に投げた。

「な、何してんだよ、おまえ!?」

「へっ…!幽霊退散!!なんちゃって!」

おどけてみせる横矢にみんなあきれた。

力斗はため息をついて、横矢に静かに言った。

「何か困ったことがあったら言いな…」

「あ?」

横矢は何のことだかわからなかったようだけど、数日後、その困ったことがあったらしい。

学校の休み時間、横矢は話があると言って力斗を屋上付近の階段の踊り場に呼んだ。
私はそれをこっそりつけていって話を聞いていた。

「…力斗…おまえ…わかるのか?…あれが…付いてきてるのか…?」

力斗はコクリとうなずいた。

横矢の顔色は蒼白だった。

「頼む!助けてくれ!!」

横矢は力斗にしがみついた。あいつがあんなふうに人を頼るなんて、意外だった。

「お、俺の部屋に、あちこちに…水が…それに…風呂に入った時…
足を誰かに捕まれた感じがして…気のせいかと思ったら…」

横矢はズボンの裾を片方上げてすねを見せた。私はゾッとした。
そこにはくっきりと手の跡がついていた…!

「…あの子は…俺たちと同じ年で死んだんだ…無念さとか、考えたか?」

「ごめん、冗談だったんだ、反省してるよっ!
だから、どうにかしてくれ!!俺、取り殺されちまうよ!」

さすがの横矢も相当怖いらしく、本気で懇願していた。

「殺しはしないと思うけど…成仏していないのは気の毒だな…」

「…できるのか?力斗…おまえ…」

力斗?何ができるの?私は食い入るように観ていた。

「やってみる…」

何をやるの?力斗…

力斗は側の窓を開けて、横矢の頭に片手をかざした。

そして目を閉じ、ほんのしばらく黙っていた。力斗のかざした手がかすかに震えている。

それから、力斗は大きく息を吸った。その時、力斗の体が少しゆがんだような、
風が吹いたような、そんなふうに見えた。力斗は窓の外に向って今度は短く勢い良く息をはいた。

太陽に向って手をかざし、何か念じているかのように見つめていた。
それだけ…たったそれだけで、横矢にもう何も妙なことはおきなくなったらしい。
あの男の子は成仏したのかな?

力斗がそんなことをできるようになったなんて…すごい…!どうしてか…涙が出てきた…








第二章『浄霊』 /2・「学校の怪談」



たいていどこの学校にも一つや二つ、不思議な話があるものだよね。

小学校の時は音楽室に飾ってある作曲家達の肖像画の目が動くとか、
古い校舎のトイレの壁が人の顔に見えるとかあった。

今、私達が通っている高校にも先輩から伝えられた幽霊の話がある。

体育館の2階の鉄柵にもたれながら、1階のバスケット部の練習を見下ろす女生徒の幽霊の話。

なぜ幽霊だとわかったのかというと、下半身が透けていたからだって。

数年前、1年生の女の子が事故で亡くなって、その子が片想いしていた
2年の男の子がバスケ部だったから、その想いが残っていたんじゃないかって。

でもその幽霊を観た人は私の知り合いにはいない。もう成仏したのかな?
そう思っていた。

ある日、体育の時間。男子はバスケットで、体育館を使っていた。
私達女子は校庭で鉄棒だった。

その体育の授業が終わって、休み時間に廊下で隣のクラスの生徒が騒いでいた。

「出たんだってよ!体育館の幽霊!!
バスケしていた男子のうちの一人が保健室に運ばれたらしいよ!」

「ウソー!!祟り?幽霊に呪われたんじゃないの?!怖―い!!」

怖がりながらも半分おもしろそうに盛り上がっている。

バスケ?うちのクラスの男子じゃない?まさか…
私は力斗が心配になって保健室に向った。

保健室に入ると、そこにはやっぱり力斗がいた。
でも力斗はベッドの側のイスに座っていただけで、寝ているのは別の男の子だった。
佐原という、大人しい人。

「力斗…どうしたの?」

「美夏…。佐原がバスケの最中、急に倒れて…」

「どうして?ボールが当たったの?」

「いや…、ただ、ふと佐原が…体育館の2階を見た時に…」

私はゾッとした。

「それって…まさか…」

「ああ…見えたみたいだ…」

「…力斗も…見たの…?」

「…見たよ…。下半身が透けている女の子…」

やっぱり…!あの幽霊がまた出たんだ!!

「佐原くん、大丈夫なの?」

「先生は軽い貧血だとか言ってたけど…」

「う…」

佐原くんが身をよじった。

「あ…うああ…」

苦しそうにうなされている。

「佐原!しっかりしろ!!」

「大丈夫?佐原くん!」

私達が声をかけたら、佐原くんはゆっくり目を開けた。

「…俺…どうなったんだ…?」

「気がついたか?ここは保健室だよ。体育の時間、バスケの途中でおまえは急に倒れたんだ。」

「ああ…そうだ…なんだか気が遠くなって…夢を見ていたような…」

「どんな夢?」

私がそう聞くと、まだボーッとした様子で佐原くんが答えた。

「女の子が…俺のこと…好きだって…」

「え?」

「なんだよ、心配させといて、呑気に告られた夢なんか見てたのか。」

安心したようにみんな笑った。でも、
佐原くんはまだどこか虚ろな様子で、力斗もそれが気になってはいたようだ。

数日後の放課後、力斗が私に「今日は先に帰ってくれ」と言って、屋上の方に向った。
私はこっそり付いて行った。

すると、屋上には佐原くんがいた。
佐原くんはしばらく景色を眺めていたけど、ゆっくりとネットを登ろうとした。

「やめろ!」

力斗があわてて止めに入った。ネットから佐原くんを引っ張り下ろす。

私も駆け寄った。

「どうしてこんなことするの!?」

「美夏…付いてきたのか…」

「ごめん…気になって…」

「…あれ…?オレ…いったい何を…?」

佐原くんは呆然としていた。

「自分が今何をしようとしたか覚えてないの?!」

「なんだか頭がボーッとして、気がついたらここに…」

力斗がネットの上の辺りを睨んだ。よく見ると、そこに…
女の子が浮いていた…!!

「!?」

私はビックリして声にならない悲鳴を上げた。

《私と…一緒に行こうよ…先輩…》

「あ…あの体育館の幽霊…?」

「ああ、彼女が以前好きだった先輩に佐原が似ていたんだろう。」

「それで佐原くんを…!?」

《好きだったの…ずっと…私…先輩…》

「こいつはあんたが好きだった先輩じゃない!」

力斗は佐原くんの前に出て幽霊に叫んだ。

《邪魔をしないで…!》

女の子の幽霊の顔が鬼のように恐ろしい形相に変わった。

その時、急に突風が吹いて力斗が5メートルくらい飛ばされた。

「うわっ!!」

「力斗!!」

あわてて駆け寄ると、力斗はつぶやいた。

「こいつ…手ごわいな…」

《どうして邪魔をするの…?もう…一人は嫌…さみしいの…先輩…一緒に来て…》

佐原くんがまた虚ろな表情になり、幽霊に手招きされてネットへ歩み寄る。

「行っちゃダメだ!!」

力斗が再び佐原くんを捕まえる。

でも、佐原くんはどんどんネットを登って越そうとする。

このままじゃ力斗も一緒に落ちてしまう。ここは3階建ての校舎の屋上。

二人共死んじゃうかもしれない…!!

「やめて!!この人はあなたの好きだった先輩じゃないの!!それに…」

私は必死で叫んだ。

「もし本当に好きだった人だとしても、こんなことしちゃダメだよっ!
本当に好きなら、その人が幸せに生きることを望むはずよ!
死なせるなんて間違ってる!!そんなの『好き』じゃない!!」

《私は…先輩が好き…だから…側にいてほしい…》

「その気持ちはわかるよ…!私も力斗とずっと一緒にいたいから…。
だから、もうやめて!二人を死なせないで!!
好きな人が生きて幸せになってくれることを望むのが本当の愛だよ!?
佐原くんだってまだやりたいことがたくさんあって、生きていたいと思ってるはずだよ!!」

「美夏…」

力斗が苦しげに佐原くんを抑えている。

佐原くんの体がバランスを崩して地面の方に落ちそうになる。

「佐原っ!!しっかりしろ!目を覚ませ!!」

力斗が大きな声で叫んだ。

すると、佐原くんがハッとした様子で、我に返った。

「うわあっ!!」

佐原くんはあわててネットにしがみつく。

「助けてくれ!!俺、死にたくないよ!」

脅える佐原くんを見て、幽霊が何かを考えているように見えた。

力斗は佐原くんを助けて、シャツの胸のポケットから数珠を出した。

「君の行くべき道は光の中だ!闇じゃない!
現世の想いに縛られずに来世のために心を開くんだ!!」

力斗は数珠を片手に持って幽霊に掲げて言う。
すると空中に直径2メートルくらいの丸い光が現れた。
幽霊がその光を覗きこむと、表情がフッと和らいでいった。

「その光の中には君を迎えに来た優しい魂が待っているよ。」

幽霊はその光に吸い込まれるように、スウッと消えていった。
屋上で3人。しばらく放心状態だった。

「…天国に行ったの?」

「ああ…」

「よかった…」

私はホッとして力斗に寄りかかるようにしゃがみこんだ。

「あー…怖かった…。本当にこんなことって、あるんだな…」

佐原くんが脱力ぎみにつぶやいた。

「そうさ、こんなこと、あたりまえのようにある…」

力斗が落ち着いた口調で言った。

あたりまえなんだ…ありえないと思っていたことが…普段みんなの知らない所で起きている。

それを現実に目の当たりにした私は、不思議なことはきっと大昔からたくさん起きていたんだと思った。

第三章『守護霊』 /1・「美夏の危機」

学校の帰り、力斗と公園のベンチに座って、この前力斗が出した数珠を見せてもらった。

茶色と黒の玉が連なっていて、間に金の玉もある。ちょっと古そうな物だった。

「これどうしたの?」

「家にあったんだ。押入れの奥にしまってあった。
きっと先祖が使っていた物だって母さんが言ってた。」

「ふーん、かっこいいね。」

これで霊を成仏させたりできるんだ。すごい。
でも、きっと力斗が持たないとダメなんだ…。私はそう思った。

そして、私は力斗に一番聞いてみたかったことを聞いてみた。

「ねえ…力斗…私にも何か憑いてるの…?」

「ん?」

「教えて。」

「………」

力斗は私の頭の上辺りをジッと見ていた。私はドキドキして答えを待った。でも力斗は…

「…そのうちわかるよ。」

「わからないから聞いてるのに!」

「ハハッ!」

はぐらかされた。

「…何か怖い物が憑いてるの?」

私は恐る恐る聞いた。力斗は笑って首を横にふった。

「じゃあ、教えてくれたっていいじゃない。」

「美夏にもわかるよ。そのうちね…」

「今教えて!力斗には見えているみたいだけど、私には何も見えないんだから!」

自分の周りを見回してみても見えるわけない。

「性格には見るんじゃなくて感じるんだよ。」

「感じる?」

「そう、五感とは別の方法でね。」

「わかんな〜い!!」

「アハハ…」

力斗は結局教えてくれなかった。きっといつかわかると言って…


数日後の朝、私はいつものように学校に向うために
家を出て行こうと、玄関で靴を履こうとしていた。

するといつも履いていた靴の紐の先が綻んでいるのに気付いた。
私は別の靴に履き替えてから学校に向った。

すると私が歩く前方で、何やら人だかりができていた。
自動車が角の壁にぶつかっていた。
車のライトの破片がちらばっているのが見える。
でも、運転手は少しの怪我ですんだようで、他には誰も怪我人はいないようだ。

私はふと考えた。もし私がいつもどおりの時間に家を出ていたら…
この事故に巻き込まれていたかもしれない…。

その後、学校に行く途中で力斗に会い、そのことを話した。

「虫の知らせとかあるけど…それは……礼を言っておきな。」

「え?誰に?」

力斗は私の頭の上辺りを見て笑った。私が振り向いて見上げても何も見えない。
いったい誰なんだろう?私を守ってくれている…?

そういえば以前もちょっと不思議に思ったことがあった。
工事現場の前を通ろうとした時に、誰かに呼ばれたような気がして振り返ったけど誰もいなくて…
気のせいかと思ってまた歩き出そうとしたら、すぐ目の前で大きな塗炭の塀が倒れてきた。
私が立ち止まらなければぶつかっていた。
あの時も誰かが助けてくれたのだろうか?

あの声…どこかで聞いたような…懐かしいような…優しい声…誰だっけ…?


ある日、私は放課後、そうじ当番で残っていて、校舎の裏庭を竹ぼうきで掃いていた。
学校の裏は木の柵に囲われていてそのすぐ先は崖になっている。

昨日の夜、雨ざらしだったせいで竹ぼうきがぬれていて、
私は手を拭くためにハンカチを出した。

クラスメートのよう子が「もう終わりにしよう。」と言ったので
一緒に帰ろうとしたその時、風が吹いて私のハンカチが飛んでいってしまった。

ハンカチは柵の上にひっかかっていた。

私はよう子に「先に行ってて。すぐに行くから。」と言って、ハンカチを取りに行った。

私が柵に近づいたその時、足元がグニャッとしたかと思うと
ズルッと滑って、私は柵の下を潜りぬけて崖から落ちてしまった。

何が起きたのか瞬時には理解できず、ただ驚いて声も出なかった。
気が付くと私は崖の下に倒れていた。体中が痛くて動けない。

「どうしよう…」

とりあえずありったけの声で叫んでみる。

「誰かーっ!助けてーっ!!」

崖の下は林で、側に人気はない。
よう子も行ってしまったので、校舎裏にも誰もいない。
あせりと恐怖が私を襲った。全身が震えてきた。

「力斗…」

思わず大好きな人の名を口にする。涙が出てきた。

「力斗…!助けて…!!力斗―っ!!」

泣き叫ぶ私の声が、虚しく静かな場所に響いた。
このまま私は死んじゃうのかな?こんな所で一人で…。
ゾクゾクと寒気がしてきた。
死ぬってどういうことなんだろう?もうすぐわかるのかな?怖いよ…力斗…
そんな風に考えていると、どこからか微かに声が聞こえてきた。

「美夏―!」

幻聴?私を呼ぶ声…

「美夏―!」

だんだん大きくなってくる。

「美夏―!どこだー!?」

力斗?幻聴じゃない!

「力斗?!ここよー!崖の下に落ちたの!!」

「美夏!待ってろ!!今、救急車を呼ぶからな!」

助かった…。
私はこうして難を逃れた。
私は病院に運ばれた。
お母さんが来てくれた。怪我は軽い捻挫や擦り傷だけだったので、すぐに家に帰れた。

次の日、よう子が申し訳なさそうに私に言った。

「美夏…ごめんね。私が一緒に帰ってればもっと早く助けられたよね…」

「いいのよ、すぐに力斗が来てくれたし…」

「でも崖から落ちるなんてね…。あそこ危ないよね。」

よう子がそう言うと、力斗が言った。

「おとといの夜、土砂降りだったろ?その時崖の側の
地盤が少し緩んだみたいだ。今日、柵の辺りの補強工事をするってさ。」

「でもさあ、力斗。あんたよく守護霊の話をするけど、
守護霊がいてもこんな目に合うの?」

よう子がそう聞くと、力斗は答えた。

「守護霊がいたからこの程度で済んだんだよ。」

「でも、守護霊がいても人は死んだりするよね?」

「それはあたりまえだよ。人間には寿命があるんだから…。」

「そっかあ…結局そういうことなのね…」

ため息をつくよう子。

「だけど、力斗は美夏の命の恩人よね!やっぱり頼りになる彼氏がいるのが一番いいなあ。」

「エヘヘ。いいでしょう?」

「このー、うらやましいぞ!!」

ふざけてはしゃぎ合ってみたけど、本当に私にとって力斗はかけがえのない存在だ。
まるで王子様みたい。
守護霊よりも神様よりも力斗が一番!大好き…!!

その日の帰り道、力斗はあの時のことを話し始めた。

「美夏がそうじ当番で裏庭にいた時、オレは教室のそうじ当番で、そうじが終わって美夏を待っていた。
その時、ふっと目の前に見夏の守護霊が現れて、
『美夏が崖から落ちた』って伝えてきたんだ。それでオレはあの場にかけつけたんだよ。」

「…そおなの?いったい…私の守護霊って…」

「今も美夏の後ろにいるよ。無事で良かったって言ってる。」

「誰なの?知りたい!私も…」

力斗はしかたないなという顔をして私を公園のベンチに座らせた。
力斗は私の前に立って向かい合い、そっと私の頭を片手で触れた。

「美夏、目をつむって…」

私は言われたとおり、目を閉じた。

「女の人だ…80才くらいのふくよかで
優しく笑っているその人の声聞いたことあるだろう?」

「うん…懐かしい気がする…」

『美夏…』

あの声…

『美夏…!』

声が頭の中で鮮明になってくる。

『美夏!!』

耳の側で聞こえたような感じがして私はハッとして目を開いた。

そして、一瞬だけど確かに見えた。

その人の姿が…!

「おばあちゃん!!」

「そう…美夏の守護霊はおばあちゃんだよ。」

私の父方のおばあちゃんだった。

私が中学生にあがったころ亡くなった。

小学校の休みの日にはよく家族でおばあちゃんの家に遊びに行った。

おばあちゃんの手料理、おいしかったなあ…。

いつもニコニコしていて、一緒に散歩に出かけたり、買い物に行ったりして、楽しかった…。

懐かしくて、嬉しくて、涙が出てきた。

「力斗、おばあちゃんは他に私に何て言ってるの?」

「…美夏のことをいつも見守ってるってさ。」

「…おばあちゃん…ありがとう。」

「オレも美夏をよろしくって言われたよ。」

「ウフフ…おばあちゃんに力斗を紹介できて嬉しいな。おばあちゃん、力斗は私の王子様だよ。」

「ばぁか…」

照れて少し顔を赤らめる私達。きっとおばあちゃんも笑っている。そんな気がした。

『…美夏の一番の守護霊様は…おばあちゃんじゃないよ…』

「えっ?」

「ん?どうした?美夏。」

「今、はっきりと…」

おばあちゃんが私だけに伝えた。

私の守護霊はおばあちゃんだけじゃないらしい。

他にももっと強く私を支えている力があるんだって…。

私はいつでも一人じゃない。

見えない力が私を守ってくれている。

なんだかすごく勇気がわいてきた。





続く


















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